ファラデーの伝- 研究室で・研究の方針・学者の評 -

研究と講演

三十三、研究室で

 ファラデーは、まず研究せんとする問題を飽くまで撰んで、それからこれを解決すべき実験の方法を熟考する。新しい道具が入用と思えば、その図を画いて、大工に言いつける。あとから変更するようなことはほとんどない。またもし実験の道具が既にある物で間に合えば、その品物の名前を書いて、遅くとも前日には助手のアンデルソンに渡す。これはアンデルソンが急がなくて済むようにとの親切からである。

 実験の道具がすっかり揃ってから、ファラデーは実験室に来る。ちゃんと揃っているか、ちょっと見渡し、引出しから白いエプロンを出して着る。準備したものを見ながら、手をこする。机の上には入用以外の物は一品たりとも在ってはならぬ。

 実験をやりはじめると、ファラデーは非常に真面目な顔になる。実験中は、すべてが静粛でなければならぬ。

 自分の考えていた通りに実験が進行すると、時々低い声で唄を歌ったり、横に身体を動して、代わるがわる片方の足で釣合をとったりする。予期している結果を助手に話すこともある。

 用が済むと、道具は元の所に戻す。少くとも一日の仕事が済めば、必ずもとの所に戻して置く。入用のない物を持ち出して来るようなことはしない。例えば孔(あな)のあいたコルクが入用とすると、コルクとコルク錐(きり)を入れてある引出しに行って、必要の形に作り、それから錐を引出しにしまって、それをしめる。どの瓶(ビン)も栓(せん)なしには置かないし、開いたガラス瓶には必ず紙の葢(ふた)をして置く。屑(くず)も床の上に散して置かないし、悪い臭いも出来るだけ散らさぬようにする。実験をするのに、結果を出すに必要であるより以上な物を一切用いないように注意した。

 実験が済めば、室を出て階上に登って行き、あとは書斎で考える。この順序正しいことと、道具を出来るだけ少ししか使わないこととは、ファラデー自身がしただけでなく、ファラデーの所で実験の指導を受けた者にも、そうさせた。そうさせられた人からグラッドストーンが聞いて、伝に書いた。それをそのまま著者は紹介したのである。

「自然界に適当な質問をしかけることを知っている人は、簡単な器械でその答を得ることをも知っている。この能のない人は、恐らく多くの器械を手にしても、良い結果は得られまい」というのが、ファラデーの意見である。従ってファラデーの実験室は能率(エフィシェンシイ)が良くは出来ているが、非常に完備しているとはいえなかった。

 かようにファラデーは、うまい実験の方法を考えて、ごく簡単な器械で重大な結果を得るということを努めたので、実験家だからというても、毎日朝から夜まで実験室に入り浸りで、手まかせに実験をした人ではない。戦略定って、しかる後始めて戦いに臨むという流儀である。後篇の電磁気感応の発見の所で述べるように、途中に日をおいて実験しているので、この間によく考え、器械の準備をさせて置いたのである。

三十四、研究の方針

 ファラデーの研究した大方針は天然の種々の力の区別を撤廃して一元に帰させようというのである。

 それゆえファラデーが喜んだのは、永久ガスが普通の蒸気と同様に、圧力と寒冷とで液化した時である。感応電流が電池から来る電流と同じく火花を出した時である。摩擦電気や電気鰻(ウナギ)の発する電気が、電池から来る電気と同様な働きをした時である。電池の作用はその化学作用と比例するのを見た時である。偏光を重ガラスに送ったのが磁気の作用で偏光面が廻転した時である。酸素やビスマスも磁性のあることを知った時である。

 ファラデーは研究している間、大きな紙に覚え書きを取って行き、実験が終るとそれを少し書きなおし、一部の順序を換えたり、不要の箇所を削ったりし、番号のついた節を切る。これで論文が出来あがる。かかる疑問を起して、かくかくの実験を行い、これは結果が出なかったということまで書きつづり、最後に良い結果の出た実験を書く。

三十五、学者の評

 デ・ラ・リーブは「ファラデーは予め一定の考案を持つことなしに、器械の前に立って研究を始めたことはない。また他の学者がやる様に、既知の事実をただ細かく実験して見て、定数を測定するというような事もしないし、既知の現象を支配する法則を精しく定めようとした事もない。ファラデーのは、これらとは非常に異なる方法で、神来によるかのごとくに既に研究された方面とは飛び離れ、全く新生面を開く大発見にと志した。しかしこの方法で成功しようというには一つの条件が必要で、それは即ち稀世の天才たるを要するということである。ファラデーにはこの条件が満足されたのだ。ファラデーは自分でも認めておったように、想像力の非常に豊富な人で、他の人が気もつかない様な所までも、平気で想像を逞しくして実験にかかったのである。」というた。

 またケルヴィン男の言葉にも、「ファラデーは数学を知らなかった。しかし数学で研究される結果を忖度(そんたく)し得た。また数学として価値のあるような結果を清楚な言葉で表わした。実に指力線とか磁場とかいうのは、ファラデー専売の言葉であって、数学者も段々とこれを用いて有用なものにした。」

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入力:松本吉彦、松本庄八 校正:小林繁雄

このファイルは、青空文庫さんで作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。

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